UTA TO WAKARE.

傷ついても陽を浴びた要約である

『デッドライン』(2019年 千葉雅也)のことなど

2月になった。

国試まできっかり二週間となった。

 

大学のカフェテリアや図書館、両親の働く事務所の片隅、明石駅前の市民図書館。ここ一ヶ月以上、場所を変えながら、ずっと国試対策のため過去問を端から丸暗記の日々だ。

 

妻には内緒で、ときどき、国試と全然関係のない本をちらちら読んでいる。専門の看護学の本は、薄く網羅的な知識が要求される国家試験には、害しかないので、避けている。

 

12月は、卒業研究が終わった後、ACT(Assertive Community Treatment)に関する基礎文献を大学図書館で見つけ、1週間くらいぶっ通しで読んでしまった。妻にはこっ酷く怒られた。

 

ーそれ、逃避だよね、国家試験受かってもないのに、アドバンスの知識得るのって間違ってるやろ。洋書読んでて、国試落ちました、ってなったら、私、離婚するから。そんな馬鹿と、そんな恥ずかしい人と一緒に暮らしていくなんて耐えられへんから。

 

はっきりそう告げられた。

 

だから、看護の本は、あるいは看護学の本は、すべて奥の部屋の本棚にしまい込んだ。国家試験対策の本とこの6年間の大学の講義録とレジュメだけを手にとれるリビングの本棚の入れている。

 

2月に入って、やはりプレッシャーで、以前明石のジュンク堂で注文の末購入していた千葉雅也の小説『デッドライン』に衝動的に手を伸ばしてしまった。文芸誌「新潮」連載時に、1/3くらい目を通していた。かなり良さそうだった。その後、単行本の立ち読みで、粗方読んではいた。

 

今日、2月2日。

86頁の最終行まで読んだ。

 

昨日は、大蔵海岸のマクドで、21:50頃から30分だけと思って読んだ。やはり、惹きつけられていた。

 

今日は、午前中から近所の西舞子のスタバで、54頁の3行目から読み始めた。昨日の時点で、かなり怖い予感の終わり方だったので、少しばかし頁を繰るのが恐ろしかったが。

 

スタバの日曜の朝は、なんなのか、そういうもんなんか知らないが、親子連れが多かった。普段、スタバには滅多に来ないので、よく分からないが。内田樹のエッセイのようなものを読んでいる、私と同じ歳くらいの男の前で、彼の息子であるだろう少年が一生懸命、学習漫画のようなものを読んでいた。

 

僕は、対面に座る彼らのことが少し気にかかりながら、とりあえず、チバマの小説の続きを読んでる。千葉雅也ってなんか、Twitterとかで、面白いけど、結構変な印象、というか苦手な印象もあって、妻とともに勝手にチバマ呼ばわりしている。そうすることで、苦手意識を少し和らげられるというか…

 

千葉雅也は詩を書いたりもしていた。いつだったけ、僕はその頃、投稿を一時的に辞めていた時期だったけれど、千葉雅也の名前を「現代詩手帖」の選外佳作欄で見かけたりしていた。結構、面白そうなタイトルだった。「詩手帖」に掲載されていた2年前の3月号の“詩”は、あまり良くなかったけれど。

 

で、今日86頁まで読んでみて、まあ、物凄く良いのだ。びっくりするくらい良い。70頁3行目から、83頁7行目のあいだで、グッと来て、ポロポロと泣いてしまった。

 

さあ、国試対策に戻ろう。

 

追記:

いま、2月2日、15:20。

たった今、朝霧駅ミスドで、『デッドライン』を最後まで読み終えた。素晴らしい、とてもとても素晴らしい小説だった。